1月17日を前に、いま思うこと
― 神戸で、ものづくりを続ける理由 ―
本日は、2026年1月15日。
もうすぐ、1月17日がやってきます。
この日を迎えるたびに、
それぞれの心の中には、
さまざまな景色が浮かぶのではないでしょうか。
今もなお、
震災の記憶や、言葉にならない重さを抱えながら
日々を過ごしている方もいらっしゃると思います。
あの日を思い返すとき、
あなたの心は、どんな景色を見ていますか。
小学6年生だった、あの日
1995年1月17日。
阪神・淡路大震災が起きたとき、
私は小学6年生でした。
当時はまだ神戸には住んでおらず、
徳島県の実家でその朝がきました。
普段、ちょっとやそっとで目が覚めることなどなかった私ですが、
その日は家が揺れ、思わず飛び起きたことを
今でもはっきり覚えています。
震災の10日ほど前、
サッカーチームで淡路島へ宿泊遠征に行き、
神戸市長田区の小学校の子たちと
試合をし、交流をしていました。
だからこそ、
ニュースで「震源地は淡路島」「長田の街が火災に遭っている」
という映像を見たとき、
言葉にならない衝撃と、強い不安を感じました。
手紙という、つながり
当時、私たちのサッカーチームでは
「長田のチームの子たちに、手紙を書こう」
という話になりました。
安否を気遣い、
それぞれが思いを綴った手紙を送りました。
しばらくして届いた返事には、
チームの子たち自身は無事だったことが書かれていて、
胸をなで下ろした記憶があります。
震災を「体験した側」ではなかった私にとって、
それは初めて
“遠くにいても、同じ時間を共有している”
と感じた出来事だったのかもしれません。
神戸の職人と出会って
それから年月が経ち、
私は靴に関わる仕事をするようになりました。
これまでは海外製の靴や、
海外工場を訪れる機会は多くありましたが、
日本、とくに神戸の靴づくりの現場に
足を踏み入れたことはありませんでした。
最初に神戸の工場を訪れたのは、
第1話のブログでも触れた
ハンドルカバーを作るときのことです。
自分ひとりの手では間に合わず、
神戸の工場を訪ね、
おじいちゃんとおばあちゃんの職人さんと
お話をする機会をいただきました。
その中で、
自然と震災当時の話を聞くことがありました。
失われたもの
震災当時、長田の地区は火災も多く、
仕事どころではなく、
「生き続けれるのか」という状況だったと
語ってくださいました。
何とか復興へと向かう中で、
神戸の靴工場は、
次第に海外へと生産を移していきました。
中国やベトナムへ。
技術とともに、仕事も、繋がりも、外へ。
「神戸の工場は、
震災前の10分の1くらいになった」
そう聞いたとき、
胸の奥が、少し重くなったのを覚えています。
技術そのものだけでなく、
そこで働いていた人の居場所や、
日常も、失われていったのだと思います。
それでも、続いているもの
一方で、
神戸の職人さんたちと向き合う中で
強く感じることがあります。
それは、
手仕事に向き合う姿勢そのものは、
今も変わらず続いている ということ。
特別なことをしている意識はなく、
淡々と、丁寧に、
目の前のものと向き合い続けている。
震災を経験し、
多くを失いながらも、
それでも続けてきた日常。
そこには、
声高に語られる「希望」ではなく、
静かに積み重ねられてきた時間があります。
神戸から、ものづくりを続ける理由
私たちの事業は、
まだ決して大きなものではありません。
それでも、
神戸の職人と一緒にものづくりをする中で、
「自分にできることは何だろう」
と考えるようになりました。
震災をきっかけに失われたものがある一方で、
今も確かに残っている技術と想いがある。
それを、
次の世代へつないでいくこと。
日常の中で、使ってもらうこと。
それが、
私たちにできる、ひとつの形だと思っています。
1月17日に、届けたいもの
1月17日より、
「ENSEMBLE de CORDON」の再販と、
靴「CORDON PIENUS」の販売をスタートします。
この日を、
特別な意味を持つ日に重ねたからこそ、
改めて立ち止まり、
考えたいと思いました。
今のあなたが大切にしたい
“日常の豊かさ”とは、どんなものでしょうか。
もし、
心に引っかかる何かがあるなら、
どうぞ無理をせず、
自分自身を大切にしてください。
その想いを抱いたまま、
私たちは今日も、
神戸からものづくりを届けていきます。
静かに、
丁寧に、
日常に寄り添うものとして。
もしかすると、当事者ではない私がこのことに触れることに、
違和感を覚えられる方もいらっしゃるかもしれません。
それでも、20年以上神戸で暮らし、たくさんの方と出会い、
仕事を通じてお話しを伺い、感じてきたことを、
いまの自分なりの視点で、心を込めて綴らせていただきました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
仁木 雄策